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ハイデルベルクの話 その1

いまではハイデルベルクの町はそれほど有名ではなくなったように感じるのだが、そうではなくて、
海外旅行が誰にでも可能になり、他の町もそれなりに知られるようになって来た、というのが正解だろう。

しかし、旧制高校、旧制大学、1950年代、そして私が初めてヨーロッパに来た70年代あたりは、
ドイツに興味がある人であれば誰でも、何がなくてもまずはハイデルベルクだったし、かく言う私もそうだった。
この町を日本人に有名にしたのが、マイヤー・フェルスターが書いた「アルト・ハイデルベルク」というお芝居で、
これを読んでこの町に憧れた、という人達ばかり。

大学のドイツ語のテキストだった。女学校時代に皆でお芝居をやった。
帰省した時、中学時代の英語の先生にばったり再会し、「ハイデルベルクに住んでいるんですよ」。
「えっ?!ハイデルベルク!私達の憧れの町なんですよ!」、とまあこういう感じです。




ハイデルベルクの古い橋(カール・テオドール橋)からハイデルベルク城を望む



この番匠谷英一氏訳による本は残念ながら絶版になった、と聞いているので若い方達は読んだ方はほとんどいない
と思いますが、私の記憶しているあらすじとしては、ある国の皇子様、カールハインリッヒがハイデルベルクに
勉強にやって来ます。彼は学生の為の居酒屋「赤い牛亭」に下宿をするわけですが、ケティという娘がいて、
彼にこういう詩を捧げます。

遠き国よりはるばると
ネッカー川のなつかしき、
岸に来ませしわが君に
今ぞ捧げんこの春の
いと美わしき花飾り

いざや入りませわが家に
されど去ります日もあれば
忘れたもうな若き日の
ハイデルベルクの学び舎の
幸多き日の思い出を

彼女は今でいう学生のアイドルだったわけで(今でいう桜田淳子か山口百恵か。なんて説明してたら、
かなり古いと言われました。当然ですが。今だったら誰だろう?)。
そして彼等二人は恋に陥ると同時に、自由奔放で楽しい学生生活を送るのですが、ハイリッヒの
父が病気になり国に帰ることを余儀なくされ、更には政略結婚をしなければならなくなるのです。
彼は一目ケティに会いたいが一心でハイデルベルクに戻り、ケティに会うことがかない、

 わがハイデルベルクに対する憧れは
 汝に対する憧れなり
 我汝に会うことを得たり
 そしてまた別れん
 さらばケティよ

こうして二入は永遠の別れを告げる。

というストーリーなのですが、こういう説明をすると、若い女性達は「素敵ねえ!」。お年を召した方は、
「ずいぶん軟弱ね!王様の地位も名誉も捨ててこのハインリッヒは居酒屋の親父になりました。
と言うんだったら素敵よ!」、と言うのですが、さて貴方の意見は?

ところで、この彼が下宿した、という想定になった「赤い牛亭(Zum roten Ochsen)」、がこの町にちゃんと
ありまして、1730年から続いています。
中ではその時代の学生達の写真、落書き、どこからか黙って持って来た看板などで飾られており、
ピアノ演奏があって日本人だと分かれば日本の曲を演奏してくれます。
時々お客さん皆が声を合わせて大合唱になることもある。1ユーロぐらいのチップをお忘れなく。