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盗られた話 その4


1997年の秋だったと思う。JALでフランクフルト空港に到着したお客様をお迎えし、
フランクフルト市内で夕食を取ってもらった後に、そのままフランスのアルザス地方の中
心地、ストラスブール空港まで私のマイクロバスで運び、ニース行きの飛行機に乗せる、
という仕事だった。

久し振りのフランクフルトだったので、ちょっと日本の書籍を売っているお店に立ち寄ろ
うと思い、町の中心地にある大きなFホテルのそばに駐車して置いた。さて、早めだけれ
どもお客様を迎えに空港に向うことにするか、と車を走らせ、数百メートルほど行った時、
後ろでガラガラガラという音が聞こえて来た。「何だろう?」と思いながら近くにあった
ガソリンスタンドに車を寄せて調べると、左の後輪がパンクしていた。あわててガソリン
スタンドから大きいジャッキを借り、大急ぎでタイヤ交換をした。この間約30分ぐらい
だったろうか。ジャッキを返し、「お客様の到着には間に合う。よかった。」と運転席に
乗ったところ、ショルダーバッグがない!「やられた!」ガソリンスタンドの店員に「シ
ョルダーバッグを見なかったか?」と問いただしても、「知らない。」と言う。仕方がな
い。何しろお客様をお迎えする、という大事な仕事が待っている。空港では、係官に事情
を話し、身分証明書なしで中に入れてもらい、お客様を無事にお迎えし、フランクフルト
中央駅近くのレストランにお連れする。私はお客様が食事をしている間、すぐそばの警察
署で調書を取ってもらう。中には何か問題があった時の為に持っていた千マルク札(約7
万円)、それにユーロ小切手四枚、パスポート、電話帳が入っていた。不安だったのは、
フランスに行く時の国境検問だったのだが、幸いなことに、この年の夏からヨーロッパ共
同体加盟国間の税関、パスポート検査は撤廃されていた。そうは聞いていたのだが、私自
身、それ以来国境を超えたことがなく、事情が全く分からなく不安であった。頼りになる
のは警察からもらった調書と、これを持っていれば国境を請えることができる、という警
察のコメントだけだった。

お客様には、「全くドジなことをしたもんですよ!」と笑いながらお話する。本当はかな
り不安だったのだが。車を走らせてアウトバーンで約二時間半、ストラスブールの国境検
問に差しかかり、見慣れた建物はあるのだが誰もいない。内心「よかった!」と思いなが
ら検問を超え、そのままストラスブールの空港に無事到着し、お客様をニース行きの飛行
機に乗せることができ、安心して家に帰ったのだった。

すぐにこの二年保証というタイヤを買ったお店に行って調べてもらった所、ナイフで穴を
空けられていた。もちろん保証はしてくれない。結局、ショルダーバッグが盗まれたのは
計画的な犯行だったとわかる。つまり、タイヤにナイフで穴をあけ、持主があわててタイ
ヤ交換をしている隙を狙って持ち物を奪う、というやり方なのだった。手の込んだ、そし
てうまいやり方である(感心してはいけない)。この話をお客様でモスクワ在住の商社マ
ンにした所、「そういうのはしょっちゅうですよ。そんな時、近くにいる若い人を捕まえ
て、アルバイト料を払ってタイヤ交換してもらうんですよ。」というコメントが返って来た。

それから半年以上たった頃、私の口座から四百マルクが四回にわたって引き出されていた。
おかしいな、と思いながら調べてみると、あの時盗まれた四枚の小切手が悪用されていた
のだった。すぐに調書を持って銀行に行き、この千六百マルクを返してもらう手続きをす
る。それにしても、銀行はこの小切手が使用される時は、口座番号が記載されている銀行
カードを参照して確認するはずなのに、それをせずにお金を渡していたのである。結構ド
イツ人はいい加減なところがあるものだ。無事この千六百マルクも返してもらうことがで
きた。現金の千マルクは帰って来るはずもない。パスポートも今度はフランクフルトで再
発行してもらうことができた。

この話を完全に忘れてしまっていた約1年半後、警察から電話があった。「貴方かなり前
に盗難に会いましたね?」「は?ああ、そうですね。どうかしましたか?」「犯人が捕ま
りました。」「それはそれは。で、どこで捕まったんですか?」「ライプチッヒです。今
取調べ中で詳しいことはわかりません。」フランクフルトから約五百キロ離れた所で捕ま
っていた。それ以来、この件に関しては何も聞かされていない。