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パリの話 その1


ヨーロッパに住んでかれこれ20年以上にもなるのに、いまだにドーヴァー海峡を渡った
事もないし、ピレネー山脈を超えた事もない。スカンジナヴィアに行くには車では遠過ぎ
るし、飛行機では高すぎるし…。完全に貧乏性。

それはともかく、私が訪れた大都会で最も気に入っているのが花の都パリ。この町に行け
ば、誰でもがミーハーになってしまうのです。エッフェル塔、凱旋門、オペラ座、モンマ
ルトルの丘、ルーヴル美術館、シャンゼリゼ、ノートルダム教会、ベルサイユ宮殿、ムー
ランリュージュ、数え上げたらきりがない。2001年に訪問した時、モンマルトルの墓
地を歩いていたら、ベルリオーズなどの有名な作曲家の墓を発見した。なんとハインリッ
ヒ・ハイネの墓もそこにあった。そう言えばここで亡くなったんだっけ。

そして町のレストランの店先に並んでいる魚介類を見ると何となく日本の魚屋さんを思い
出したりして。町をあてもなくぶらついていると、突然ユダヤ人街に出たり、どこかで何
かの発見がある。「へ〜。ここにこんなのがあったんだ。」てな感じで、とても興味が尽
きない町なのです。

ただし、決して上を向いて歩けない町がこの町でもあります。「グニュ!」「あ!いけね!
やってまった!」道を歩いていたら、大きな掃除機のような物を積んだバイクがやって来
て吸引掃除していたが、とても追いつかないらしい。もう少し何とかして欲しい。フラン
スにも「犬税」というのがあるのかしら?


パリ、シャンゼリゼ

町の一番の大通り、シャンゼリゼは交通量が非常に多く、その騒音がかなりひどく、特に
夏は暑さと排気ガスで息が詰りそうになる。良く旅行のパンフレットに「シャンゼリゼの
カフェテラスでお茶」の写真が載っているが、はっきり言えば「何を気取ってんだよ〜!」
という感じでとてもそんな感じにはなれない。

で、このシャンゼリゼの中心にあるのがあの凱旋門であるが、ここから下のロータリーを
走る車の様子を見ていると、いやその恐い事!シャンゼリゼの道路にも、ロータリーの中
にもセンターラインが全く引かれていない。皆自由に、と言うか勝手に走り回っている。
上から見ていると、「ぶつかる!あぶない!」と思わず声を出してみたり、右足と突っ張っ
てブレーキを踏む格好をしたりして。「このロータリーを出るために何回か回らなければ
ならない、と聞き及んでいたのだが、さもありなん。」と納得し、パリに行った時はずっ
とこのロータリーを避けて運転していたのだった。

ところが2001年の正月、初めてコンコルド広場からシャンゼリゼを通り、凱旋門のロ
ータリーを走る、と言う行為を敢行した。恐かったか?結論から言うと、「全然怖くなか
った。」

センターラインがない、と言うことは、自分がそのセンターラインらしきものを想像して、
それに従って運転をしており、皆がお互いに気を付けながら、ぶつかりそうになった場合、
どちらが優先か、ということは関係なくブレーキを踏んでいるのである。「センターライ
ンを超えた、超えてない。」という話は全く出来ない。始めから無いのだから。全ては自
分の判断と責任において、お互い注意を払いながら運転をしている、というわけである。

凱旋門のロータリーの中でも、隣同士ぎりぎりにぶつかる寸前まで近づくのだが、ぶつか
らない。そして車線変更したい時は、ウインカーを出し、ゆっくり何となく流れに乗るよ
うに、そしてバックミラーを見ながら少しずつ進路を変えて走れば、周囲の車が、「危な
い!」と思った時はブレーキを踏んでくれるのである。有難いことである。これがもしセ
ンターラインが引かれてあった場合にはどうなるか?「俺が優先だ。お前がセンターライ
ンを超えてこっちの走行の邪魔をした。」という訳で、ドカーン!となるだろう。早い話
が、「ルールが無いので、自分達が自己の責任で何となくそのルールができ上がっている。」
ということだろう。一番重要なことは「事故を起こさない」、ということだから。「何で
もかんでも規制して、その規制を守らせる為にまた新しい規制を作って…。」というどこ
かの国とはちょっと違う、言うなれば大人の世界とでも言うものか?規制するとその規制
を守らない人間が出て来るのだが、規制が無ければ皆の自己規制が働いて、結局は規制す
るよりも良い結果が生まれる、という発想の転換も必要なのではないかしら?